忘れられた今昔物語BACK TO THE FUTURE

流行2017/05/10

たかが制服、されど制服 – 詰襟、袴からセーラー服まで、制服の150年の歴史

皆さんは制服と聞いて、どんな思いを抱きますか?

 

10代という短い時間の、ほんの一瞬を共に過ごす衣服。大人は街を行き交う制服姿の学生に、かつての自分を重ね合わせるかもしれません。

 

人生で一度も制服を着たことがない、という人を探すのが難しいほど、制服は私たちの生活に密接に関わっています。

時に制服は、その時代を映す鏡のような役割を果たしてきました。


今回は、そんな制服の150年の歴史を振り返ってみたいと思います。

 

 

 

明治維新後、洋装が広まる

 

1868年(明治元年)約260年続いた江戸時代が終わり、明治時代が始まりました。

新しい時代の訪れと共に、日本にヨーロッパの文化が一気に流れ込んできました。

 

 

この「文明開化」と呼ばれる一連の西洋化の動きの中で、日本人の衣服は大きく変化します。

それまでは着物が主流でしたが、次第に洋装する(洋服を着る)人々が増えてきたのです。

 

1870年代にまず軍人が洋装化し、陸海軍で制服が制定されました。

 

そして1879年、学習院で海軍士官型の詰襟制服が採用されます。これは立襟とも呼ばれる、襟を折らずに前をホックやボタンで止めるタイプの制服です。

学ランを想像してもらうと分かりやすいかもしれません。

 

学校で制服が着られるようになったのは、これが初めてです。


そして1886年に帝国大学(今の東京大学)でも詰襟学生服が採用されました。

 

 

制服が選ばれた背景

(明治初期の海軍の制服)

 

学習院や帝国大学で制服が採用された背景には、以下の目的がありました。

 

(1)学生同士が衣服の違いで経済的格差を感じないようにするため

(2)学校への帰属意識、エリート意識を高めるため

 

当時は急速に洋装化が進んだ時代。

上流階級の家庭の生徒が多かった学習院や帝国大学では、しばしば服装の違いによる生徒同士の競争が起こりました。

 

そうした競争を抑え、生徒たちの一体感、学校に所属しているという帰属意識を高める目的で学生服は生まれました。


明治時代に生まれたこの制服の原点は、後々まで受け継がれていきます。

 

 

女子生徒は袴姿が主流に

(1887年、東京女子師範学校卒業写真)

 

男子生徒の洋装化が急速に進む一方、女子生徒は長い間和服に袴を着用していました。

 

1870年代後半、着物のまま椅子に座って授業を受けるとはだけやすいことから、男性用袴の着用が認められました。

しかし1880年前半には一転、袴の着用が禁止に。

 

その後の1880年代後半に東京女子師範学校で、通学服として紺の袴の着用が制定されました。

洋装ではないですが、女子生徒が部分的に制服を着るようになったのはこれが初めてです。


その後1920年、京都にある平安女学院でセーラー服が正式に学生服に制定されました。

 

 

大正時代:背広型、バンカラスタイルの登場

(バンカラスタイル)

 

1920年代の大正時代には、アパレル業界が学生服業界に進出。

東京慶應義塾幼稚舎をはじめとしたいくつかの学校で、現代のブレザータイプの原点ともいえる背広型の制服が導入されました。

 

しかしほとんどの学校では、学生服は詰襟タイプが定番でした。

詰襟の学生服に擦り切れた帽子をかぶってマントを羽織り、下駄を履く「バンカラ」と呼ばれるスタイルが生まれたのもこの頃。(画像)


「バンカラ」とは西洋風の身なりや生活を表す「ハイカラ」をもじった言葉です。ハイカラな身なりに惑わされず、本当に大切なものを追求するという姿勢を表しています。

 

 

戦時中:制服は国民服へ

 

太平洋戦争が起こり、戦況が厳しくなってくると、制服のボタンなどに使われる金属も武器をつくるために差し出さなければなりませんでした。

 

1941年には、学生たちは画像のようなカーキ色の「国民服」を着用するよう求められました。

女子生徒も国民服のように統一された標準服(もんぺなど)を着用するようになります。

 

終戦後はこうした衣服の規制はなくなりましたが、深刻な物資の不足が続いていました。

そのため制服を新調することはできず、国民服や標準服を制服代わりに着る生徒が多かったそうです。

 

 

1950年代:制服の復活へ

 

1950年代になると少しずつ経済が回復していき、詰襟の制服やセーラー服が復活するように。

 

そして、1950年代後半から日本は高度経済成長期へと突入します。

日本経済が沸き、国民全員が豊かになっていくにつれて、制服はファッション性を帯びるようになります

 

 

1960年代~1980年代:変形制服が流行

 

1960年代以降、制服業界にアパレル業界が本格的に進出。

従来の詰襟やセーラー服といったものに加えて、ブレザータイプやチェックスカートなど、ファッション性の高い制服が増えていきました。

 

また同時に、学生たちが自ら制服を改造した「変形学生服」も流行しました。

裾が大きく広がった「ラッパズボン」や学ランの裾を伸ばした「長ラン」、逆に短くした「短ラン」は有名な変形学生服です。

女子生徒もセーラー服のスカートを極端に長くするなど、制服をアレンジすることでファッション性やオリジナリティを表現するようになりました。

 

 

1990年代:ミニスカートや腰パン、ルーズソックスが流行

(ルーズソックス)

 

1990年前半に、従来の制服からデザインをよりおしゃれに一新するモデルチェンジが各学校でピークを迎えました。

 

よりデザイン性が高まった制服は、もはや学生たちの一体感や学校への帰属意識を後押しするものではなく、ファッションの手段へと変化していきます。

 

皆と同じデザインの制服を、どう自分らしく着こなすか、着崩すかという観点から、あえて靴下をたゆませる「ルーズソックス」や、制服のスカートを折って(もしくは切って)短くする「ミニスカート」が女子生徒を中心に流行しました。

 

男子生徒の間ではズボンをあえて腰ではく「腰パン」がトレンドに。


1990年代後半から2000年代前半は、こうした着崩した制服とギャル(ギャル男)文化が合わさり、一大ムーブメントを生み出しました。

 

 

 

2000年代~:「なんちゃって制服」が人気に

 

2000年代前半には、指定制服がない学校の生徒が他校の制服を着たり、学生向けのアパレルブランドで制服風の衣類を着用したりする「なんちゃって制服」が人気になります。

 

2000年代後半からは一時期問題となった行き過ぎた制服の着崩しも減少し、元の制服にワンポイント加えておしゃれを楽しむ程度におさまりつつあります。

 

なんちゃって制服などに見える制服ファッション化は、フランスやタイなど国外からも注目されています。

もはやただの学生服ではなく、日本のサブカルチャーの一端を担う存在へと変化しているのです。

 

 

たかが制服、されど制服

 

明治初期から約150年間、学生たちの身近にあった制服。

時代の移り変わりと共にデザインや着方が変化する制服は、その時代の世相を反映していると言っても過言ではありません。

 

制服を着るか、着ないか、どう着るか。

そういったことを当たり前のように選択できる現代は、もしかしたら恵まれているのかもしれません。

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