21世紀あれこれ雑学TRIVIA

日本史2017/08/18

坂本龍馬暗殺の犯人は誰?おりょうとの新婚旅行でも知られる幕末の英雄

幕末の志士、坂本龍馬

坂本龍馬は、江戸時代末期に活躍した土佐(現在の高知県)出身の志士です。

その名前はあまりにも有名で、彼が妻のおりょうと行った鹿児島の塩浸温泉は日本の新婚旅行の発祥地とも言われています。

龍馬が活躍した時代、日本には近代化の波が押し寄せていました。
それまでのように徳川を中心とした江戸幕府による治世を続けるか、近代化を受け入れ新政府による新しい日本をつくるか、国内の意見は二分していました。

若い頃から世界への関心が高く、柔軟で先見性を持っていた龍馬は、新政府側につき大政奉還など明治維新に貢献しました。

そんな龍馬は1867年12月10日、盟友中岡慎太郎と共に31歳の若さで暗殺されます。
場所は京都の近江屋井口新助邸。俗に言う「近江屋事件」です。

坂本龍馬暗殺の犯人はいまだはっきりと分かっていません。
今回は、暗殺の犯人といわれる2つの勢力をご紹介します。

犯人1:新選組

幕府側にいた新選組にとって、龍馬は取り締まる対象でした。

また、剣術に秀でていた龍馬を暗殺できたのは、当時剣豪として知られていた新選組の斎藤一しかいないのでは?という推測から新撰組犯人説が出てきたようです。

実際に当時、新撰組の局長である近藤勇は幕府から取り調べを受けていたのだとか。
しかし近藤は犯人説を否定しています。

犯人2:京都見廻組

京都見廻組(きょうとみまわりぐみ)は、幕府によってつくられた京都の治安維持部隊です。

なぜ京都見廻組が坂本龍馬暗殺の犯人と言われているかというと、実際1870年に元見廻組の今井信郎という人物が、龍馬暗殺についての関与を明らかにしたためです。

今井の他の元見廻組も、大正時代に近江屋事件に関わったと自白したのだとか。
しかしこの2人の証言に微妙なズレがあったため、あくまでも「疑惑」として今日まで語られています。


敵が多かったという坂本龍馬。
世の中を動かす人物は、いつの時代も狙われてしまう運命なのかもしれません。

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