21世紀あれこれ雑学TRIVIA

日本史2017/10/20

土方歳三はロシアで生きていた?今なおささやかれる「鬼の副長」生存説

新選組「鬼の副長」土方歳三

土方歳三といえば、かの有名な新選組の中心人物です。

新選組は幕末の動乱の世で、徳川幕府のもとで反幕府派を取り締まった武装組織です。

局長・近藤勇をはじめ、沖田総司や斎藤一、永倉新八など名立たる剣豪が隊士として所属していたこともあり、いまでもファンが多いですね。

土方歳三はそんな新選組の中で、近藤勇の右腕として活躍しました。
自分にも周りにも厳しかった歳三は「鬼の副長」として恐れられていたそう。

土方歳三は1869年6月20日、函館戦争の最中五稜郭で命を落としますが、実は彼には函館戦争後ロシアに渡ったという「生存説」がささやかれています。

土方歳三は本当に生きていたのでしょうか?
今回はそんな土方歳三の「生存説」を見ていきます。

土方歳三は生きていた?ロシアに渡ったとされる生存説

「歳三生存説」の根拠とされているのは以下の3つ。

・土方歳三の遺体は見つかっていない
→歳三の遺体はいまだに発見されていません。そのため、現在土方歳三の墓に遺骨は入っていません。

・歳三が銃弾に倒れたのは、戦場から約400mも離れた鉄砲の玉が当たらなそうな場所。
→しかも、当時の新政府軍の記録には「土方歳三を撃ち取った」と残っているものの、肝心の撃った人物の名前が載っていないのだとか。

・ロシアとの貿易商とつながっていた。
→当時歳三に宿や軍資金を提供していたのは、佐野専左衛門という貿易商。彼はロシアとの貿易で巨万の富を築いていました。そのつてを使ってロシアに亡命したといわれています。

こうした「歳三生存説」は、あくまでも憶測で、信ぴょう性は低いです。
遺体が見つかっていない人物に生存説はつきもの。織田信長しかり、「どこかで生きていてほしい」という人の心理が働くのでしょう。

歳三の生存説がささやかれ続けるのも、彼の根強い人気を象徴しているといえますね。

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