21世紀あれこれ雑学TRIVIA

日本史2017/01/16

戦国武将・織田信長は生きていた?生存説と本能寺の変の謎

天下統一を目指した男、織田信長

「織田信長」といえば、今でもファンの多い戦国武将の1人です。
破天荒な性格とそのカリスマ性で支配地域を広げ、天下統一を目指しました。
残念ながら家臣の明智光秀に裏切られ、有名な「本能寺の変(1582年)」にて命を落としましたが、戦国の乱世を終焉に導いたと言われています。

天下統一という夢の一歩手前で亡くなった信長ですが、実は彼は「生きていた」のではないかという説があります。
一体どういうことなのでしょうか?

消えた信長の遺体

織田信長の「生存説」の原因となっているのは、信長の遺体が見つからなかったことにあります。
寺が焼け落ちた後、光秀は信長の遺体を回収するために本能寺中を探しましたが、遺骨のかけらすら発見することができませんでした。
そのため現在京都にある信長の墓に入っているのは、信長の木像を焼いてつくった灰です。

遺体が消えた理由として考えられているのは以下の3つ。

(1)激しい炎により、骨も全て灰になってしまった
一番自然な理由です。
長い間本能寺が燃え続けていたと考えると、遺体が灰になってしまっても不思議ではありません。

(2)信長側の誰かが遺体を持ち去った
静岡県の西山本門寺には「信長首塚」と呼ばれるものがあります。
本能寺の変の際、たまたま居合わせたこの寺の僧侶が信長の首を持ち出し西山本門寺に埋めたことが由来だとされていますが、真実は定かではありません。

(3)実は信長は生きていた
一説によると信長の家臣であった羽柴秀吉が、本能寺の変後に中川清秀という武将に「信長は逃げて無事である」という内容の手紙を送っていたそう。
本当に信長が生きていたのか、それとも遺体がないから生きているという期待をこめたのか、こちらも本当のところは分かりません。

戦国のミステリーの1つである信長の消えた遺体。
500年以上経った今でも、多くの日本史ファンを惹きつけています。

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