21世紀あれこれ雑学TRIVIA

日本史2017/04/3

縄文人はなぜ消えた?縄文文化が残る場所とは?DNAの行方とそのルーツ

古くに日本で栄えた縄文時代

縄文時代とは、今から約1万5000年前から2300年前の間に日本列島で発展した時代のことです。
縄文文化を代表する網目模様の縄文土器は有名ですね。

縄文時代は、その後の弥生時代の成立によって終わりを迎えます。
今から2300年前~1700年前に栄えた弥生時代は、大陸から日本列島にやってきた渡来人を中心に生まれました。

弥生人の生活は狩猟を中心とした縄文人とは違い、稲作など農耕をメインにしたものでした。
縄文土器に比べて模様が少なく、シンプルな弥生土器が生まれたのもこの時代です。

弥生時代の誕生後、縄文人はどこへ消えてしまったのでしょうか?
今回は、日本人のルーツでもある縄文人について探っていきます。

弥生時代にも縄文人は存在していた

弥生時代の始めの頃は、縄文人と弥生人が同時に存在していました。

狩猟生活が中心の縄文人は山の中に住んでいましたが、稲作生活が中心の弥生人は平地に住んでいました。
活動場所が違うので、うまく住み分けられていたのです。

しかし、稲作は狩猟に比べて一度に大量の食糧を得ることができます。
結果、弥生人の人口が爆発的に増加。
少しずつ縄文人の住む場所を侵略していきます。

弥生文化は西日本を中心に一気に広まっていきましたが、そんな中でも縄文文化を維持する縄文人たちが存在していました。

北へ進んだ縄文人

縄文時代の終盤に使われていた土器を亀ヶ岡式土器といい、この発掘が縄文人の足取りを辿る手がかりになります。

亀ヶ岡式土器は弥生時代以降も現在の東北地方で使われていました。
このことから、弥生時代になってからも一部の縄文人は北へ移動し、縄文文化を維持していたと考えられています。

また、北海道では縄文文化をさらに進化させた擦文(さつもん)文化が存在していました。
擦文文化はアイヌ文化につながるもので、アイヌ人の祖先は縄文人だったのではと言われています。
実際に、アイヌ人と縄文人のDNAは完全に一致するそうです。

しかしこういった人々もやがて全国に広がる弥生文化を受け入れるようになり、縄文文化は静かに消滅していったのでした。

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