イギリスのことわざに、「学問なき経験は、経験なき学問に勝る」という言葉があります。
きちんと説明すると長くなるので割愛しますが、要約すると「経験に勝るものなし」といったところでしょうか。
人は誰でも、第三者から聞いた話や映像などで得た情報より、実際に自分で経験したことを優先して信じようとします。
リアルな体験や感情は、記憶の中に長く鮮明に残るもの。それは仕事にも遊びにも人間関係にもいえることで、私たちは普段、自分の実体験を基にさまざまな状況判断や分析を行いながら生活しています。
その心理を遊具・娯楽として活用したものが「体験型アトラクション」。
遊びを通じてさまざまな体験ができるのはもちろん、最近では企業の研修などにも役立つものが登場するなど、体験する人の属性や用途に合わせた使い方ができるようになりました。
今回はこの体験型アトラクションがどのような進化をしてきたかの推移と、これからの展開についてご紹介していきたいと思います。
バブルの頃に乱立した巨大迷路・スポーツ系施設

そもそもアトラクションとは「引きつけるもの」の意。多くの場合は遊園地の乗り物や、人が集まる場での催し物のことを指します。
そこに体験が伴うのが体験型アトラクション。ただ乗り物に乗る、展示を見るといっただけでなく、実際に自分の身体を使って「やってみる」という点に重きが置かれているのが特徴です。
日本には戦前からさまざまな娯楽施設がありましたが、体験型と呼べるものはまだ少なく、本格的に数が増え始めたのはやはり戦後から。特にバブル期と呼ばれる1980年代後半から90年代初頭にかけては、景気の良さを反映するかのように、全国各地に大型の施設が次々と建設されました。
中でも多かったのが巨大迷路。
ピーク時は日本各地に100以上の巨大迷路が建てられ、大ブームを巻き起こしました。
しかし人気は長く続かず、一時期100以上あった施設の数も現在では20前後に激減。巨大迷路のあった場所には違う建物が作られたり、解体されないまま廃墟化していたりと、寂しい末路をたどる結果となってしまいました。
迷路と同様に、人気だったのに今では見かけなくなってしまった体験型施設に、屋内スキー場や温水プールなどがあります。
こちらもバブルの終焉とともに経営が行き詰まり、今では商業施設やマンションへとその姿を変えました。
もちろん、迷路や屋内スキー場の中には今でも人気を保って営業し続けているところもあります。
とはいえ今後また似たような大型施設ができる可能性は低く、今残っている施設も、時代に合わせてその形態を変えていくかもしれません。
より現実的な体験ができるお仕事系アトラクション

長引く景気低迷の影響か、2000年代に入って体験型アトラクションの様相にも変化が見られるようになりました。
施設や企業は「アトラクションという娯楽を提供するにあたって、ただ遊ぶ、楽しむといっただけの機能では淘汰されてしまう。そこに価値や個性をプラスできなければ、不景気の中で生き残れない」と考えるようになっていったのです。
ここから、テーマパークのアトラクション=大型の乗り物や華やかなステージショー、といったイメージを覆すような、来場者が自発的に参加するタイプのものが増え始めました。
その代表格ともいえるのが、実際の職業が体験できる子ども向けテーマパーク。
「職業体験」という身近でありながらこれまでになかったコンセプトは、斬新な着想として登場時から大きな話題となりました。
最近では食品会社やテレビ局など、一般の企業が自社内で開催する職業体験イベントも増えています。また、大人も楽しめる職業体験ツアーや自治体が主導する地域活性化プロジェクトへの参加など、より幅広いニーズにも対応できるようになってきました。
楽しみつつ学びや経験になるという企画は、今後も規模やジャンルをアレンジした形で増え続けていくでしょう。
コンパクトでローコストな体感アトラクション

職業体験と同じく新たに登場した企画に、謎解き、宝探し、脱出などの体感アトラクションがあります。
これは自分が主人公となって、指示のもとにシナリオを進めていくというもの。これまでゲームや漫画、小説の中で楽しんでいたことを、実際に自分で体験してみるタイプのアトラクションです。
このアトラクションの特徴は、大施設でも小さな部屋の中でも、また企業でも個人でも工夫次第で自由に開催・運営できるところにあります。
本格的な設備や資金がなくてもできるため、常設の会場を持たないイベント的な開催も多く、ごく親しい仲間内のレクリエーションとして楽しんでいる人たちも。特にクラス替え直後のオリエンテーリングや合コン、結婚式の二次会など、初対面の人が多く集まる場では定番の出し物になっているようです。
ここにきてアトラクションはより小規模なものへ、より身近なものへと形態が変わってきました。
ここ数年、景気は少しずつ上向きになってきていると言われていますが、実感できるほどに回復しているかといえばそうでもないような。
そうなると余興にかけられる予算も時間も渋りがちになるものです。
そんな背景もあってか、アトラクションの「こぢんまり傾向」はもうしばらく続く可能性が。加えて「体験・体感」の質自体にも変化が訪れようとしています。
それが次の項目、「仮想現実による体験」です。
VRを使った仮想の体験

いよいよ体験は「現実(リアル)」から「仮想(バーチャル)」へと、その舞台を移そうとしています。
2016年はVR元年。各メーカーからハイエンドHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が多種発売され、ゲームをはじめとしたさまざまな分野での活用が始まりました。
VR(バーチャルリアリティ)とは、コンピューター上に人工的な環境を作り、あたかもその中にいるかのような感覚を体験できる技術のこと。
ゲームの外部接続機器として認識している人が多いでしょうが、実はゲーム以外の分野での活用にも大きな期待がかかっています。
たとえば企業の社員研修。とある大手食品会社では、新入社員の工場見学や製造実習をVRで実施するようになりました。これにより人件費や移動費、所要時間を大幅に減らせただけでなく、より踏み込んだ内容での研修が可能になったそうです。
ほかにも医療や教育、買い物、レジャー、コミュニケーションツールなどに活用できるとして、各方面から注目されています。
VRでの体験が本当の体験といえるのかという議論はさておき、実際にVRが画期的なものであるのは確かです。
VRが世間一般に広く認知されるようになったのはつい最近。これからさらに活用の場が広がり、今以上に存在が知られるようになれば、現在の携帯電話のようにいつか「VRのない生活」が考えられないときがやってくるかもしれません。
これからの体験型アトラクションとは

現在では「VR(仮想現実)」のほかに、「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」「SR(代替現実)」の研究、技術開発も進んでいます。VR・AR・MR・SRを総称するXR(X Reality:クロスリアリティ)という言葉も使われるようになりました。
居ながらにしてあらゆる体験ができるようになる時代は、もうすぐそこまできているのです。
かつて人気を集めた大型アトラクションが次々と姿を消す中、新しく台頭し始めたデジタルアトラクション。
今後の体験型アトラクションにデジタル技術が欠かせないものとなるのは間違いありません。
その「体験」がどんなものになるのか、引き続き注目していくのも面白そうです。