江戸時代の人々の食事とは

江戸時代は、1603年から1868年まで265年間続いた時代です。
江戸(現在の東京)に開かれた徳川幕府は、大政奉還まで実に15代にわたって続きました。
比較的安定していたことから、江戸時代には浮世絵や歌舞伎、相撲などさまざまな文化が栄えました。
当時の人々の生活は、時代劇でもよく取り上げられていますね。
今回は、そんな江戸時代の人々の暮らしに注目してみます。
江戸時代の人々の食事は、どのようなものだったのでしょうか?
江戸時代、パワーの源は…米!

ひとくちに江戸時代といっても、場所によって食事内容は違ったそう。
将軍のお膝元である江戸では、日本全国から年貢としてお米が集まってきたので、庶民でも精米したお米を食べることができました。
江戸時代の庶民の食事は「一汁一菜」が基本。
お米とお味噌汁、それにおかずというシンプルなものでした。
肉を食べる文化のなかった江戸時代の人々は、タンパク源を魚や大豆から摂っていたといいます。
当時人気のあったおかずは、
・きんぴらごぼう
・塩辛
・煮豆
・いわし目刺し
・昆布と油揚げの
・納豆
…などなど。
また、たくあん漬けやらっきょう漬け、梅干しなどもよく食べられていたそう。
シンプルでヘルシーな食事の中で、エネルギーの元はやはりお米。
当時の人々は大人の男性で1日にお米を5合も食べていたのだとか!
江戸より健康?農民の食事

白米を食べることができた江戸の人々とは違い、年貢としてお米を持っていかれてしまう地方の農民は、滅多に白米が食べられなかったそう。
江戸時代の農民の食事は、「ひえ」や「あわ」「麦」などの雑穀に大根やさつまいもを混ぜた「かて飯」と呼ばれる混ぜごはんがメイン。
副菜としてそば粉を焼いた「そば餅」や大根の汁物などを食べていました。
白米はお祭りなど特別なときにしか食べることができませんでした。
とはいえ、江戸の人々に比べると栄養価の高かった農民の食事。
江戸では栄養の偏りによって「脚気(かっけ)」と呼ばれる病気が流行っていました。
脚気は江戸の食生活特有の病気だったため、「江戸わずらい」などと呼ばれていたそう。
こうした脚気の症状は、農民には見られませんでした。
江戸の人々は田舎生活をすると脚気が治ると不思議に思っていましたが、その理由が栄養バランスにあると分かるのは、もっと後のことだったそうです。